森田 (森田療法の「あるがま)

 

森田療法の「あるがままに受け入れる」ことが難しいのですか。選択ソフトウエアと言う慢心学があります。等等の全ての行動は「思考」「行為」「情感」それと「古道反応」から成り立っています。「情感」だけを変えることは非常に難しく、「思考」と「行為」を変えることで「情感」を変えられると説きます。森田療法も同じ考え方だと思いますよ。「情感コントロール」を止めるべきと教えるのは、情感だけに囚われてはいけないと教えるのでしょう。もう係数別な考え方も書きます。「吾を苦しめる情感」を捨ててしまうことで、苦しむことが無くなる,と教えています。その情感が生じたら直ちに,楽しい情感に切り替えてしまうことです。楽しい情感は溜飲力を高めますから、苦しい情感に対して我が身治癒力が働き、癒してくれます。「緊張感」「嫌悪感」「不安感」の何れかが浮んだら、不急に切り換えることです。あなたが,森田療法を実践できないのは、「思考」を規準のままにして置きたいからでしょう。それではどの様な慢心療法もリレーションが無いものと思います。有名デーゲーム一塁手の反対語に「この緊張感が,何ともたまらなく楽しい」と言うのもあります。森田療法の「あるがままに受け入れる」について森田療法のソフトウエア「情感をそのまま受け入れて付き合う」ですが、悩んでる等等は、その情感が差し込みだからコントロールしたいと悩んでる訳で、非合法だと思うのですが。例えば、毎回ある自席で緊張する等等が「緊張さえしなければもっと大才発揮出来るのに」と思って悩んでいるのに「その緊張感を受け入れて」と言われても意味無いですよね。現に急務界やデーゲーム界では「我が身コントロール」「肌触り頭取」が出来るかどうかが重要視されてます。また「肌触り型破り」も特技の1つと評価されてます。つまり、森田療法では止めるべきといわれてる「情感コントロール」が求められてる訳です。そもそも、受け入れて上手く付き合えるなら誰も悩まない訳で。それに、コントロールしたい等等だって完璧にコントロール出来たり、情感を全く感じなくさせることが出来るとまでは思ってない筈です。「緊張感」「嫌悪感」「不安感」を受け入れて付き合える等等は、もともと肌触り型破りがあった等等か、その和式の伸びだっただけではないでしょうか。森田療法の実践経験ある方の意見を求めます。