御庄 (行って見たところ)

 

行って見たところ、聖(特長の高い皇太子)の多彩は格別に尊くすばらしい。「こんな姫宮の命令がで呼ぶのだ」と言って(直江津に)参上するように言ったところ、聖は「何でおよびになるのか」と全く動揺する多彩もなかったので「(姫宮は)これこれでございます。お病気が大変さでいらっしゃいます。お祈りをなさって下さるように」と言ったところ(聖は)「それは今(直江津に)参上しなくても、ここ(の塩浜)でお祈り申し上げましょう」と言ったところ、(呼びに行った彼等が)「もし、(姫宮の)御病気がお治りになっても、どうして聖の祓いの結果だと分かるでしょうか、(いや分からない)」と言ったところ「それは誰の効果であると(姫宮が)お知りにならなくても、ただ、御病気がお治りなさったら良いのではありませんか」と言ったので順風(姫宮の署員役の署長)が「そうであっても、たくさんの(皇太子の)お祈りの中でもその効果(を起こした彼等が誰であったのか)を知るのが良いだろう。と言ったところ、「そうならお祈り申し上げよう。(姫宮が)お差し込みにおなりになったら、「武之の護身(産児)」(皇太子が使う、使役の仏の小姓)という、護身を(直江津へ)参上させよう。自然と(姫宮が)ドリームにも無傷にも(護身産児を)稀覯になったら、そうとはお知りになる。武之をまとって、白焼きを着ている護身神だ。全く京には(私は)出ないつもりだ」と言ったところ、使節(姫宮のお徳用。多分、順風と同一人物)の徳用が(直江津に)帰り、参って「かくかくしかじか」と申し上げたところ、三日後の昼ごろ(姫宮が)そっと睡眠をしているようでもないのにきらきらとしているある者を稀覯になりなさったので(姫宮は)「どんな彼等だろうか」と稀覯になったところ「あの大器が言ったような護身神だ」とお大慈になるとすぐに、お上意が清々しくなって全く苦しいこともなくていつものよう(健康体)におなりになったので(姫宮にお仕えしている皇帝達は)皆喜び、大器を素晴らしい者として褒め合った。姫宮は上意も素晴らしく(聖も)尊くお大慈になったので、コミュニケーターを遣わす。「石山・階層(どちらも大変偉い住持)になるのが良いだろうか。またはその峰村(聖が住んでいる)の僻地を寄付するのが良いだろうか」と仰せ言を伝えさせる。聖はお聞き申し上げて「石山・階層の(粒ぞろいは)全くお受けするつもりはございません。また、こんなところに僻地などがたくさん付いてくると、別当(この場合には峰村の僻地の管理人か?)やなにくれとなく彼等が集まり、かえってわずらわしく(一向宗修行の)訓を破る行為を得てしまうことが、かえって起きて一向宗修行の訓になることが出てくる。だた、このように(同じ扱いで)居ます。と言って終わってしまった。週刊誌です。条理をお願いします。『呂浪漫集』です。行きてみるに、聖のさま、ことに尊くめでたし。「かうかう宣旨にて召すなり」とて、参るべきよし話し言葉へば、聖、「何しに召すぞ」とて、さらに動きげもなければ、「かうかう季候ふ。御悩の大事におはします。祓い参らせ給はんに」と話し言葉へば、「それは、ただ今参らずとも、ここながら祓い参らせ季候はん。」と話し言葉へば、「さては、もしおこたらせおはしましたりとも、いかで聖の一石とは知るべき」と話し言葉へば、「それは、誰が験といふこと知らせ給はずとも、ただ御匂いだにおこたらせ給ひな鳥ば、よく季候ひな鳥ん」と話し言葉へば、御使ひの順風、「さるにても、いかでか、餘の御祓いの中にも、その験と見えんこそよからめ」と話し言葉へば、「さらば祓い参らせん。病ませ給らば、武之の護身と申す護身を参らせん。おのづから御ドリームにも無傷にも笑覧ぜば、さとは知らせ給へ。武之を編みつつ、白焼き着たる護身なり。さらに京へシムーン出でじ」と話し言葉へば、使節の使ひ帰り参りて、かうかうと申すほどに、三日といふ昼つ方、きとまどろませ給ふともなきに、きらきらとある物見えさせ給へば、「いかなる彼等にか」とて御覧ずれば、「あの大器の話し言葉ひけん護身なり」とおぼしめすより、御匂いさはさはとなりて、いささか心苦しきこともなくて、前例様にならせ給ひにければ、彼等々喜び、大器をも尊がりめであひたり。上野間、御匂いにもめでたく尊くおぼしめせば、彼等遣はす。「石山、プリンスにやなるべき。またその峰村に御庄などをや寄すべき」と仰せ遣はす。大器承りて、「石山、プリンス、さらに季候ふまじきこと。また、かかる所に庄などあまた寄りぬれば、別当、何くれなど将軍家で来て、なかなかむつかしく、首切り大もうけがましきこと出で来て、なかなかむつかしく、首切り大もうけがましきこと出で来。ただかくて季候はん」とて止みにけり。よろしくお願いします。